さっと洗ってさっと出ようと思い、急いで服脱いで扉開けて、そこでまた腰が抜けた。
あの一晩で私の腰ボロボロになったと思う。
シャワーヘッドの上、天井と壁の境目辺りに手形があった。
もしかしてA子が演出でやったとかも一瞬頭によぎったけど、綺麗好きで「家の汚れは心の汚れ!」がモットーのA子が水回りを汚すわけない。
幽霊の洗礼だ。
飛び込んで来た私を見て「扉の模様だよ?」と言われたけど、壁だし!手形模様なんてごめんだよ!と喚きながらA子をお風呂に連れてった。
B美は私のバスタオルを引っ張りながら着いてくるもんだから全裸御開帳になりそうでそれもまたハラハラさせられた。
普段にこにこしてるばかりの人が怒ると本当に怖い。
首吊りよりも手形よりも、この時のA子が一番怖かった。
幽霊なんかを怖がってた自分をぶん殴りたい。
私はA子が怒った時の方が怖いことを知った。
B美と二人くっついてたら殴ったような音が聞こえて(後にA子がクローゼットの扉を蹴った音だったと判明)、
「おいコラ、クソデブ!人の家になにしてくれてんだ!家賃も払ってない居候の分際で調子に乗るんじゃない!」という怒鳴り声。
「住まわせて頂いているという謙虚な心を持ちなさい」
「お客様は驚かすものじゃなくてもてなすもの」
一通り説教した後に
「帰るまでに綺麗にしときなさいよ!綺麗にしなかったらお前の部屋は今日から洗濯機の中。毎日ぐるんぐるん回してやるわ!」と言い捨てて、A子は戻ってきた。
「ごめん、ちょっと外に飲み直しに行こう」って申し訳なさそうな顔で言うA子に、もはや逆らえない。
B美はずっと「ぐるんぐるん」って呟いてた。ツボに入ったらしい。
そんなことよりもA子の般若へのメタモルフォーゼの方が問題だった。
今まで幽霊の仕業に怒り一つ見せず、それどころかにこにこ話していたのに、何故あんなにも怒ったのか。
・乾いた血だったらもっと黒寄りだし、赤くも無かった
だからあれは血じゃなくて多分乾いた泥
血と違って泥は洗い流すと排水口に溜まる
昨日ぴかぴかにしたばかりなのに汚された事が許せ
クソデブ発言
・手形の跡がデブの手だった
自分より小さそうな手形なのに、指と指の間がほとんど空いてなかったからデブだと思った
お前冷静だな。
うちらそんなじっくり考えながら見てなかったわ。
いや汚すことが出来るんだから綺麗にすることも出来るはず。
怪談話で汚された壊されたって話はよく聞くけど、その後の対処は語られない。
やっぱり手形付いたままなんじゃない?
なんて談義を繰り広げ、掃除し直しかーと項垂れるA子を連れて部屋に戻った。
2時間くらい店にいたと思う。
山手線の始発までもう少しって時間で、夏だったから結構明るくて、
そのお陰で部屋に戻るのも怖くなかった。
その前にA子がお風呂に入ったはずなのに、その時の水気もなくて、浴室中を布で拭き取ったみたいだなって思ったのを、よく覚えてる。
A子は「やれば出来るじゃーん」と超ご機嫌で、ハザードルームに入って行った。
「悪戯はいいけど嫌がらせはダメ。お互い思いやりを持って暮らそうね」って幽霊に言うことじゃない。
あの日から幽霊の名前はシンデレラになった。
昨日入れなかったお風呂を借りようとしたら、A子が着て帰ってもいい服を貸すよと言って一式持ってきた。
赤いTシャツにサックスブルーのミニスカート。あと焦げ茶のニーハイソックス。
デニムジャケットに花柄キャミ、デニムのショーパン。魅惑のデニムonデニム。
繰り返すがA子はお洒落さんだ。
こんな組み合わせをするような子じゃない。
ニーハイに至っては春先にA子が履いていたもので、季節感ガン無視コーデだった。
これを着て帰れと?という顔をしてたんだと思う。
これは幽霊も判断に迷うところかも
ポイントは掃除などの片付けや処理の手間が増えるかどうかかな
「罰ゲームじゃん」
「二着分置いてあるのは初めてだから、きっと二人の為に用意したんだよ」
笑えるダサさじゃなくて、ふっと目を逸らしてしまうようなダサさと言えば伝わるだろうか。
ありがた迷惑だった。
その後も何度か泊まらせてもらったけど、一度だけお風呂の扉越しに人影を見たのと、トイレに入ってたらやけにリズミカルなノックをされただけで終わった。
シンデレラコーデは泊まる度に用意されたけど、一向にセンスが改善された兆しは感じなかった。
「ビートルズやストーンズをかけると部屋のドアが少しだけ空くようになったからそういう音楽が好きみたい」
「メタルとか好きじゃないCDの中身を入れ替えられてる」
「ふわっふわの上等なタオルが見当たらないから探してみたらクローゼットの中で見つけた」
A子の口からはほんわかエピソードしか聞くことはなかった。
完全にメンタルやられていた時に、自己主張激しくシンデレラが登場するとほっとしたらしい。
そういえば驚いた記憶がなく、現れると話しかけてたというので相当追い詰められていたんだろう。
後で書くけどもうA子は住んでないよ。
去年賃貸情報のサイトであの部屋が掲載されてるの見つけたけど、賃料も全部適正料金になってた。
あの部屋にもうシンデレラはいない
そんな時に泊まりに来た私達がいい反応を返したからテンション上がって浴室の犯行に至ったのかもね。
あれのお陰でちゃんと躾が出来たから良かったよーとA子が話した時には、
あぁこの子にとってシンデレラはちょっと馬鹿な犬ぐらいの扱いなんだなと思った。
話に「シンデレラ」という単語が出てくることもなくなって、私もすっかりそんな事を忘れかけていた。
そんな中で久し振りに一緒に食事に行った時、A子の口から「引越しする」という話が出た。
彼氏と同棲するので少し荷物は減らさなきゃいけない、処分する衣服の中で欲しいものがあれば持って行ってという嬉しい誘いをいただいたので
何年か振りにA子の家へ泊りに行った。
そしたら、居た。
部屋の奥にある桐箪笥の前で、人がこちらに背中を向けて正座をしていた。
相変わらずそれは「人が正座をしている」だけで、体型も色も思い出せない。
でも確かに居た。シンデレラだった。
A子が明かりを付けるとやっぱり誰もいなくて、荷造りの箱からめちゃくちゃに飛び出している服が広がってるだけだった。
「うん、元気だよ」
そうじゃねぇよ。
腰を抜かすほどあの頃は驚いて怖かった筈なのに、「あぁシンデレラだ」とストンと納得しただけだった。
貰う服を選びながら、妙に散らかった部屋が気になった。
らしくないねと言うと、「荷造りしても仕事から帰ってくると全部開けられてる」とA子は言った。
お陰で全然進まないと愚痴るA子とは違い、私は取り憑かれてるんじゃとオカルト思考が頭をよぎってしまった。
「私が出てくの淋しいのかな」
「やばくない?」
「うん、このままじゃ引越し間に合わない。やばい」
そっちじゃない。
「さっきも箪笥の前にいたね」
「一着ならあげてもいいんだけど、クローゼットの中に着物あったら借り手見つからないよね」
「A子みたいな人がまた住むよ」
「そしたらシンデレラも淋しくないねぇ」
でも聞いてるんだろうなと思った。
霊感なんて欠片もない。
怪談は娯楽だと思うし、少し霊感があって~とか言われると内心鼻で笑ってしまう。
それでもなぜかシンデレラだけはリアルだった。それは今もそう。
貰う服をまとめて、シャワーを借りて眠りについた。
相変わらずA子の家はどこもかしこも綺麗で、シンデレラの悪戯は一度もなかった。
A子の躾は確かだった。
パステルピンクのスカートに紺のジャケット、黒いショートブーツだった。
この時、6月である。
最寄り駅から徒歩何分圏内~の条件で探して、賃貸情報が載ってないかひたすら探した。
A子の物件情報は2・3分で見つかった。
家賃や初期費用も相場通りになっていて、当たり前だけど事故物件を匂わすような表記はなかった。
A子が6年以上住めたのだからもう何もないと不動産屋も判断したのかもしれない。
シンデレラはまだ確実にいるのだけれども。
泊めてもらった翌月に、A子からは引っ越したよと連絡が来ただけだった。
シンデレラがどうなったか、聞くのが少しだけ怖くて他愛無いやりとりを交わすしか出来なかった。
「A子の家にいたシンデレラはぽっちゃりだったけど、映画のシンデレラは綺麗だね」
「ぽっちゃりだから着物が好きだったのかもね。洋服だと私の服入らないから」
「箪笥の前いたもんね。あれはびっくりした」
「今は箪笥の中にいるよ」
いるんかい。
いやそれより着いて来たってそれやばくないか。
なんで着いて来たって分かるんだ。
A子お前大丈夫か。
矢継ぎ早に質問する私の前で、相変わらずA子はにこにこしてた。
あの後も荷物を纏めては散らかされの繰り返しで、本当に間に合わなくなりそうだった。
だから持っている着物の中でデザインや色が若過ぎてもう着れそうのないものを一枚クローゼットに置いてみた。
「この着物で良かったらあげる。これからは私一人じゃなくなるし子供も生むと思う。シンデレラに現れられると私は少し困る。今まで通りお互い思いやりのある距離が保てるなら、一緒に行こう」
そう言った次の日から荷物は荒らされなくなったから、大急ぎで荷造りを終えた。
箪笥を一段開けてそこにシンデレラの着物を収納していたら
たまにその段だけ空いていたりするらしい。
滅多にないことだし特に気にならないけど、少し空いてるとかじゃなく引き出し全開だからシンデレラらしいなって思う。
私が亡くなったら一緒に燃やしてもらおうかなって思ってるの。
そう言い切ったA子には一生敵わないなと思った。
でもA子の生活は絵に書いたような幸せそのものだと思う。
この御時世では珍しいくらいの順風満帆。
夫婦仲は良いし、子供は可愛い。
買ったばかりの戸建てでも霊現象は一切起きてないらしい。
衣装部屋としてA子が使ってるウォークインクローゼットの中以外は。
でもきっと世に聞く心霊エピソードは聞けないんだろうな、というのが私とB美の見解。
このままシンデレラにはぽっちゃり系座敷童辺りにジョブチェンジして欲しいところ。
お付き合いありがとう
じゃあ会社に行くわ!
おもしろかったよ!
いってら!
亡くなった後も意識はあるのかな?
霊がいるとなるとそう思いたい
霊が居ると仮定して、亡くなった人間から違うものに変質すると思うよ
もう、物理的に存在しないんだから
だから、意識とか思考も価値観も全て変わって違う世界へ旅立つ。というのが持論
霊と人間を一緒に考えちゃあかんね。
ただ、人間の頃の思考が強い場合は想いみたいなものは残るんじゃね?
または亡くなった事に気がつかない場合
ほんとオカ板過疎ってるからこういう話久々で嬉しい
霊感あればはっきり見えるのかね?
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引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1426616429/
屋根裏に人が住み着いてるんだろうよ
シンデレラコーデと霊に躾するA子さんに朝から笑わせてもらったわw
シンデレラいい人に巡りあえて良かったね
この文章、今まで読んだまとめの中で一番好きです。
女性って、本当に逞しいんだなって、微笑ましい。
シンデレラも含めて。
もう座敷わらしみたいに守り神みたいだね
シンデレラ良かったね
幽霊ではなく妖怪ではないかと思うんですが
何か似たような逸話ないですかね
幽霊の名付けがシンデレラでツボw
可愛いな〜
ウチも実家に知らん爺さんがいるそうなんだけど、シンデレラみたいにはいかんな…
読んでて面白い創作だった
怨霊だって祀りあげれば守護神になるんだぞ。
恐ろしい恨みつらみがあってパワーが強いのなら
大事にしてあげるからそれを守護パワーに変えてね
って方法がある。
座敷わらしだってもともと口減らしされた子供だし。
祀りあげを素でやったんだからすごいよね。
むしろストーカーが来ても守ってくれたんじゃないのかと<シンデレラ
彼氏との仲を邪魔されなかったのは良かったね~
双方、幸せになって良かった
面白かったよ!
A子が彼氏と同棲するためにその部屋から引っ越したってことは
それまでに何度か彼氏もお邪魔してるのでは?
そうなるとシンデレラも同居(同棲?)してることはA子彼(現A子夫)も
公認or黙認状態なんじゃないのかな^^
もう5年経ったのか。今はどうなっているんだろう。