飲んでると色々思い出すから書いていく。拙いけど暇なら聞いてほしい。
娘は八歳の時に預かった。妹の娘で、アイツ余命二ヶ月宣告受けて俺に預けてきた。末期のすい臓がんであちこちな転移してて手がつけられない状態だった。
妹夫もいたけどコイツがマジでクソ野郎で俺が預かった形。
妹夫とは何度かぶつかり合うことになる。
あかん、寂しい。誰か癒して。話聞いてほしい…
病院まで運んで事情聞けばガンで助からない、夫はDVが激しくそんな中に子どもなんて置いとけないから、後は頼むって言われた。
けど俺その時しっかり育てるとかそんな気なくて、めんどくせーとか思ってた。
俺高校中退して家出して、三十三歳まで特殊清掃員として生きて来たのよ。
当然家族とは絶縁状態、妹の見舞いに来た時に虫でも見るような目で見られてから時間変えて来るようにする感じ。
そんな奴にいきなり押し付けても正直迷惑って思ってた。
とりあえず子どもに対してどう接していいかわからなかったからお互い無言やったのは覚えてる。
どーしよーかなって思ってたら娘の腹からこっちまで聞こえるくらい大きな音がした。
飯も食うてへんのか思ってたら娘いきなり泣き出したから焦る。
「なんで泣くねや…」
「ごめんなさい。怒らんといて」
そんなんで怒らん、て言うとしたらビクって震えてとっさに顔に手持ってった時にDVを日常的にされてるんやって思った。
よく見たら身体とかにもアザがあるし。
「飯食うか?」
「……」
「………あー、お腹空いてるんやったらちゃんと言いや?」
「………スパゲッティ食べたいです」
「あい」
男の雑な手料理でペペロンチーノ作ってやると凄い勢いで食べだした。
脇目も振らずってこのことやろなって思うくらい必死やった。
この辺りから妹夫に対して怒りがあったんやと思う。
なんで親に預けなかったのか疑問だけど取り敢えず最後まで書いてよ
親に預けなかったのは二人とも八十超えてたから。自分のことで精一杯っぽいし、老い先短そうだったから。
それに娘をこれ以上たらい回しにしたくなかったってのもある。妹が死ぬまで一ヶ月ちょっとの間に娘のことが好きになれたんだろうな。
とりあえず預かった初日から言いたいことや、したいことはハッキリと言わせるようにした。まぁ怒られることにかなりトラウマ持ってるみたいやったから褒める、甘やかすで信頼関係気づいて行こうって。
そんなことやってる間に一ヶ月経って妹が死んだと病院から連絡が来た。
病院行ったら娘を預けた当初より変わり果てた妹がベットの上で寝てた。俺は出来るだけ娘を連れて毎日お見舞いしてたので妹がどんどん弱っていくのをただ見てることしかできなかった。
この間娘夫は来なかった。
そして葬式してる時にほんと十年ぶりに親に再開した。
娘もギャン泣き。物心ついてるし、ずっと俺にしがみついて泣いてた。
通夜、告別式とか諸々終わって妹が骨になった頃に俺の家に親が来た。
俺の家を見て何か言われるかなっと思った。
家には俺の物以外に娘の部屋があり、勉強机、タンス、棚もろもろ必要なものを買い与えていて2DKじゃ手狭な感じ。
俺は母と父と対面して座っていた。
娘はまだ学校に行ってた。
「1、中退して以来やな」
「もう会わんと思ってたけど……こんな形で会うことになるとは思わんかった」
「1、率直に言えば娘をこっちに預ける気はないか?」
「……ない」
親がなんでこっちで引き取るって言うと俺って高校中退のクソ野郎じゃん?、ついでに仕事も特殊清掃員っていう、言い方悪いけど死んだ人の家とかを綺麗にする人に誇れないような仕事じゃん?
俺みたいなやつに子どもを育てられるのかって
「無理ならこっちに預けなさい。母さんたちが面倒みるし」
「あんたら八十まわって行っちゃ悪いけどいつまで生きてるかわからんやろ。もし死んだら娘はまたあっち行きこっち行きしなあかんねんで。かわいそうやろ」
「………」
「………1」
それまでずっと黙ってた親父が始めて名前を呼んだ。
「妹が託したんやったらしゃーない。かーちゃんも、コイツはもう大人や」
そう言って立ち上がる父親とうろたえる母親。
「けど、無理なったら預けなさい。間違っても途中で放り出すな」
「………わかっとる」
親父がやけにカッコよく見えた。
ここで終わればよかったんだが、親が帰った後に妹夫がやってきて俺のスイッチが入ることになる。
ていうかそいつはすでに酔っ払っており妹がの葬式にも仕事とか言って来てなかった。
娘は明らかに怯えて俺のズボンにしがみついたのは覚えてる。
「お前なんでこんなとこおるんじゃ!!」
「……ご、こめん」
「はぁ!?誰がここまで育てた思っとるんじゃクソったれ!!」
「……待てや」
俺がいる前で他にも口汚く罵ってたけどすまん結構前のことやから忘れた。
俺も聞くに耐えんくてつい止めた。
「アンタ自分の子どもによーそんなこと言えんな」
「お前誰やねん!?」
「妹の兄や。自分親と違うん?子どもに手あげたりこき使ったりでコイツから聞かされてんねん」
「お前に関係ないやろが!!」
まぁクズの狙いなんて百も承知で、妹が残した遺産狙い。遺書で俺に三分の二、親に三分の一、コイツには一切入らなかった。
で、脳内七草みたいな妹夫は激情して、俺の家またまた乗り込んで来た。
「ていうかお前が嫁の金勝手に使う権利ないねん!」
「お前よりはマシな使い方するわ。どうせ酒に消えるやろ」
そこからはもう妹夫は発狂して奇声上げて掴みかかろうとするから俺も抵抗。
横に住んでる人が警察呼んでくれて妹夫は逮捕された。
俺も娘も事情聴取みたいなんで警察署に連れていかれて色々聞かれた。
妹夫は恒常的に娘にDVしてて育児放棄かなんかで接近禁止命令が出されたと思う。
とりあえず娘は明らかに疲れてたから家に帰ると簡単な飯だけ作って寝かしたのは覚えてる。
俺は次の日仕事で寝れなかった。
子どもの成長は早くてあっという間に大きくなった。
ちなみに妹の遺産には一切手をつけてない。
ていうかその通帳に毎月俺の給料の一部を入れてて最終的に娘が家を出るときに渡した。
中学生なって、二年生の時に娘盲腸事件が起こった。
夏休み中で俺が仕事に行ってる最中やった。
ちな仕事中はなんかあったら隣の部屋のお姉さんに言いなさいって言ってある。
で、その隣のねーやんから電話が来て娘が倒れたって聞いた。俺頭真っ白。
上司にすぐに帰りますって行って何回も謝ってダッシュで病院に向かった。
大部屋みたいなところに通されて娘は寝てた。
医者から話を聞くと盲腸で明日手術するということやった。
まぁ次の日手術したら娘はけろっとした感じで起きたから医者ってすげーって思ったよね。
かなりキモを冷やしたのは後にも先にもこれくらい。
他にもピアノやりたいって言ったからピアノ教室とかも行かせて賞とるようになってた。
頭の良さでは完全に負けてた、誰に似たんだか笑
高校でなんども将来について話し合って高二くらいで看護師になるって言ったから俺は馬車馬みたいに働いた。
専門学校に入学するって言ったんだけど、入学費用やらそこからの授業料が目玉飛び出るくらい高い高いw
不謹慎だが俺も特殊清掃員っていう仕事で遺体がなければ仕事ないから案件きたら積極的に回してくれって上司にお願いしてた。
上司も同僚も部下も器が大きいやつばっかりで俺の現状知ってるから1さん仕事来ましたよっていっつも電話して来てくれた。
高校の卒業式のときは年甲斐もなく泣いたよ笑
立派になったなぁって言ったら娘も泣き出すから高校の前の公園で二人でギャン泣き、周りは恐らく引いてた。
続き待っとるで。
一回教科書見せてもらうと俺目が点になるくらい難しいw
しかし授業料が高い!だから夜も居酒屋でバイトして朝は特殊清掃、夜は居酒屋アルバイトと三年間二足のワラジ状態。
けど身体だけは頑丈だったから風邪ひとつひかない俺氏。
専門学校の卒業式の時は高校みたいな感じじゃなくてみんな見たことあるナース服に白い帽子を先生が一人ずつ被せていった。
それ見ながら俺また泣くw
だって預かった時俺の腰くらいしかなかったのにもう俺より稼ぐ仕事に就くんだぜ?
性格も曲がらず素直にいい子に育っていい職にも就けて感無量になってしまった。
この日のためにスーツ引っ張り出したんだけど何年も袖通してないから小さかった。
みんな周りの親御さんは高価そうな服着てたのに俺だけ浮いたよwすまんね娘よw
しんどい仕事だから仕方がないけどね。
だからご飯は俺が作ってた。
そんな生活二年してるとある日お互いの休みが次の日って時に娘が真面目な顔して結婚を前提に付き合ってる人がいるから会わせたいって言った。
次の日俺落ち着かないw
ずっと部屋の掃除して鏡の前に立って身だしなみチェックしてたら娘帰ってきた。
出迎えると高身長のイケメンが一緒にいた。
「私娘さんとお付き合いしてます夫と申します。本日はご挨拶に伺いました」
「あ、はい…どうぞ」
彼氏は同じ病院の医者、どうりで頭良いわけだww着てるスーツもアルマーニ、俺はイオンモールで買った激安品w
なんでも娘が専門学校時代から付き合ってたそうで、わからないところは逐一教えていたんだそうだ。
ヤバイよw俺泣きそうなの必死に耐えたよw
もう結婚だぜ?親元離れようとしてんだからさw
それで先週に結婚式を挙げて、俺と俺の両親が同じ席で娘の花嫁姿を見た。
俺ハンカチ絞れるくらい泣いたw
内容は今でも覚えてる
「お父さんへ。私が人並みの幸せや、家族を知れたのはお父さんが助けてくれたからでした。お父さんは私を預かった時からずっとずっと私のことを一番に考えてくれて、やりたい事とかのために全力で応援してくれました。
私の本当の母は私が八歳の時に病気で死んで、父は私に対してずっと暴力を振っていました。
その時の私は自分の未来なんてなくて、隠れてこっそり泣いてたの。けどお母さんがお父さんに合わせてくれてこれからはもう大丈夫って言ってくれて……私の人生を救ってくれたのは間違いなくお父さんでした。
今まで恥ずかしくて名前で呼んでたけど、これからはずっとお父さんって呼ばせてください。
十五年間、私を幸せにしてくれて……本当に……本当にありがとうございました」
途中から娘の泣きだしてるから周りももらい泣きして泣いて、俺はバスタオル絞れるくらいに泣いたよw
今までお父さんなんて呼ばれてなかったんだよ……やっぱり無理なのかなって思ってたらいきなりのカミングアウトで涙腺崩壊w
その時となりに座ってた母が俺の肩叩いて「良くやったね…1」って言ってさらに泣いた。
娘さんは幸せになったから次はおっさんの番かな
とりあえず俺に子どもはおらんけど子どもくらいに愛したやつは立派に独り立ちした。
俺は余生を気楽に生きるつもり。
なんか質問あったら答えるよ!
警察にご厄介になって豚箱行きはなかったけど親権剥奪、接近禁止で事実上親ではなくなった。
妹の遺言書にも夫に子どもは任せられないと書いてたしね。
なんで妹がこんなゴミクズと結婚したかは知らないけどね。
しかし嫁が残り少ない余生を病院の上で過ごしてる時に離婚届を持っていけたコイツの神経には理解を苦しむ。
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