小、中、高校とただの本好きの貧弱君として過ごしてきた俺。
高校時代、いじめに遭っていた。
最初は些細なことだった。
授業中、不良グループのたわいない悪戯に同調しなかったせい。
教育実習の女の先生が泣くのを見たいというただそれだけの理由で、一切無視という通達が回ってきた。
実習が上手く行かなかったら当然教師にもなれないだろうし、そもそも不良どもの言うことを聞いて無視なんて嫌だったから、通達が回って最初に当てられたのが俺だったけど、俺は普通に受け答えをした。
それがきっかけで、クラスのみんなも無視せず、無事に実習は終わった。
さて収まらないのは不良グループ。
彼らには不良なりの面子があるらしく、
「貧弱君に逆らわれた」
「クラス内のモヤシも支配できてない」
とのことで校内の不良連中や先輩達から散々馬.鹿にされたらしい(よく解らない理屈だが)
彼らの行動様式は非常に単純で、俺は放課後、笑いながら肩を組まれ、さも遊びに行くような格好で部活棟の倉庫に引きずり込まれた。
地面に立てる形のサンドバッグ(?)にくくりつけられて、不良グループの一人の傷害で退部させられたもとボクシング部に、吐くまで腹を蹴られ続けた。
もともと貧弱な俺は胃液に血が混じるまで吐いた。
「被害状況」
・内臓、特に胃にダメージ。神経性の急性胃潰瘍も含むらしい
・肋骨4本にヒビ。胸骨にもヒビ。
・体中打撲だらけ。手のひらと二の腕に煙草での火傷。
・眼鏡全損。購入価格32000円
・学ランとスラックス没収。あわせて15000円ぐらい?
・トランクスを引きずり下ろされた姿勢で土下座。(ろくでなしブルース参照)
その姿を写真に撮られ、「チクったらネットに流すから」
・チクろうがチクるまいが、女子更衣室にその写真は「驚愕!@@クンの実態!」
という実名と住所入りで置かれていたことが判明。
涙と鼻水と鼻血とゲロを流しながら、
「こいつら、一人残らず絶対殺す…」
と厨房まる出しの決意をしていた。
焼却炉に学ランとスラックスを入れて燃やされ、財布も学生証もその中だったため、暗くなるまで待って、カッターシャツにトランクス姿で部活棟の中を捜し、ジャージを拝借して帰宅。
自宅が徒歩県内でよかったが、歩くだけで全身が痛くてたまらなかった。
自宅に帰って、すぐに泣きながらシャワーを浴びて、血と汚れを落としてから、両親にぼそぼそと
「ごめん、自転車でガケから転げ落ちて」
と訳のわからない説明をした。
その夜は夕食が食べられず、また夜になって酷く身体が痛み出し、全身が熱くてたまらず、我慢できずに母親を起こして、緊急外来に連れて行って貰った。
40度近い熱があり、吐き気と下痢もひどかった。
打撲と亀裂骨折が原因だと診断されて、入院を申しつけられた。
一時は少し危険な状態だったらしい。
両親は、うすうす感づいていたようで、
「誰にやられたか教えて欲しい」
と言っていたが、俺はただひたすらに黙っていた。
3日後、ようやく自宅に戻った俺は、復讐の準備にかかった。
今で言う厨二病患者全開の上、貧弱オタクの嗜みとして武器マニアでもあった俺は、素手ではかないっこない不良グループを、武器で何とかしてやろうと本気で思っていた。
・ナイフ。いやナイフ持ってても多分勝てそうにない。
そもそもナイフ術だって難しいし、キレてたって恐くて刺したり斬ったり出来そうにない。
さらに相手も持ってるかも…
・スタンガン。基本だけど、元ボクサーの奴とか、もの凄く素早かった。
警棒タイプの奴でも触れる自信が全くない。
・警棒。木刀…同上の理由で断念。
確か不良グループには剣道の経験者もいたはず。
俺など武器のほうに振り回されるのがオチだ。
・飛び道具。これだ。スリングショットや吹き矢、クロスボウだったら、不意を打てば絶対に勝てる。
ガスガン・エアガンなら小さいころから扱ってた。
自信がある。
購入ボタンをクリックしようとして、ドアをノックされて飛び上がる俺。
おそるおそるドアを開けると、紅茶とバウムクーヘン(大好物)のお盆が置いてあった。
おふくろ様の心遣いだ。
泣きながら食べた。
そしてやめた。
両親を
「殺人者の親」だの
「ゲーム感覚で人を撃つオタク少年の両親」
だのでマスコミにさらし者にする可能性に、遅まきながら気付いたのだ。
同時に、全国の罪なき武器マニアの人たちに迷惑をかけることになるとも思い至った。
モニターの照り返しだけが灯りの室内で、俺はバウムクーヘンを食べ続け、ぼたぼた涙を流しながら考え続けた。
そして、輸入代行のホームページを開くと、局留めで品物を発注しはじめた。
そして一月ほどあと…
あれから傷も治り、普通に登校し、表面上は通常の学校生活を営んでいた。
登校し始めてから、女子の気の毒そうな視線や影でのくすくす笑いこそあったものの、不良グループは、貧弱オタクの反撃の可能性など考えてもいなかったようだ。
別の目立たないクラスメイトが手ひどいいじめにあっていたようで、彼は金を主に取られていたらしい。
彼には悪いが、怯えて完全服従の振りをして、奴らの行動パターンを探り続けた。
不良グループのメインメンバーは基本的に5名、これは俺をリソチしたときのメンバーでもある。
ボクサー崩れが一名、剣道経験者(ただし無段)が一名。
それ以外は格闘技経験者などはいないようだが、相撲取りみたいな体格の奴が一人いた。
奴らは、基本的に、午後はさぼりが多いが、全員がそのまま揃うことは余り無く、金曜日のみ、たまり場になっている部活棟の倉庫に集まり、全員が集まってからどこかに遊びに行く(または不良女を誘い込んでそこでいかがわしい活動をする)ようだ。
我ながら気持ち悪い笑みを必死に押殺して、週末を待った。
そして金曜日。
授業なんて全く耳に入らなかった。
先生も俺を当てなかった。
午後の授業をサボって、部活棟の隣の空き教室で、準備を調えた。
前日までに何回かに分けて運び込んでいた「物資、爆弾」が、画材入れの箱に偽装されてそこにあった。
頭の中では影山ヒ@ノブと遠藤@明、ささきい@おと水@一郎が熱唱し、主観的には復讐劇の主人公、客観的にはタダの変態を著しく超越した凄い変態という外見で、準備を完了する。
・服装はSWAT(の安物レプリカ)黒の戦闘服、肘パットに膝パット、軽量のコンバットブーツ
・頭部はフリッツヘルムとガスマスク
・防弾ベスト(俺の貯金では、一番安い38口径上限のケブラーベストしか買えなかった)
・腰・胸には各種ポーチ。ただし転ぶと指さってあぶないので刃物は持たず強化樹脂のバックアップナイフのみ所持
・FM盗聴ラジオで不良グループのたまり場を盗聴。
ちなみにこれらのお馬鹿装備を購入するのに、1@万円を費やし、自分名義で貯めておいた郵便貯金はほとんど吹っ飛んだ。
まともな思考能力を持っている人は真似をしないこと。
部屋の隅っこにあった小さい鏡の前で様々にポーズを取り、生まれて初めての
「戦闘態勢」に興奮していた。
そして、耳にさしていたFMラジオから、奴らの声が入りはしめた。
背筋に電流が走ったようになり、首筋の毛が逆立つ。
足ががくがくしてきて、歯もカチカチしてきた。
武者震いというよりただ怯えていたのだと思う。
不良どもの、良心の呵責などこれっぽっちもありませんという気楽な表情のままめり込む拳固の痛さを、嫌でも思い出す。
それでも、かえってそれが自分を叩き殺したいほどの悔しさを思い出させてくれた。
これも購入しておいたユンケル黄帝液を2本飲み干すと、震えを押し殺して、相手が揃うのを待つ。
既に三人が部屋に入っている。
今日はこれから、校外の女子グループとカラオケに行くらしい。
ちなみに資金は、目立たないクラスメートから巻き上げた小遣いである。
4人目が到着。
かねて容易の各種武器を最終点検し、慎重に取り出した「それ」を用意する。
そして、5人目が到着する。
その音声を聞くと同時に、俺は震える足をもつれさせつつ、行動を開始した。
不良どもは、揃ったところですぐには出ていかない。
大体15-20分ほど、馬鹿話をしたり煙草を吸ったりして、
「週末の放課後」とやらを満喫してから出て行く。
まず、たまり場の倉庫のドアが閉まっているのを確認して、ポーチからガムテープを取り出す。
震える手ながら手早く、外開きのドア取っ手部分に、音をさせないようにラワン材木で閂をかけ、ガムテープで外れないようにガッチリと固定する。
盗聴ラジオからは、奴らの持ち込んだゲーム機の音声と、雑談の声のみ。
まだ気付かれていない。
作業を完了すると、駄目押しに、車輪に機械油をたっぷり差して音を消した、バスケットボール満載の収納台を押してきて、ドアの前に安置した。
震えは止まったが、今度は笑いがあふれてきて止まらなくなっていた。
必死に笑いを堪えつつ、倉庫の窓を見る。
使わないプレハブを倉庫にしてあるだけなので、窓は一つ、上に小さな換気窓が一つあるだけ。
笑いと緊張に震える手で、「武器」を引っ張り出しかけ、思い出してガスマスクを被り直す。
呼吸と視界を確認して、ポーチから缶を、胸のマガジンポーチから缶切りを引っ張り出す。
…そう、缶には「シュールストレミング」の文字が記載されており、発酵ガスでパンパンに円筒の缶がぷっくりと膨らんでいる。
航空便が禁止されてしまったため、わざわざ船便で買い付けた最終兵器だった。
前日までの準備で、倉庫の小さな換気窓は、ガラスそのものを外してある。
そして俺は、窓に忍び寄ると、膨張した缶の蓋に、缶切りを突き指した。
「カキッ」という小さい金属音は、
「バシーッ!」という、思い切り振った炭酸飲料の缶を開けたときのような音にかき消された。
驚いて取り落としそうになるのを堪える。
『なんだ?』
『クサくね?』
缶を完全に開ける予定だったが、それは無理そうだ。
恐ろしい音と怪しい汁をしたたらせる缶の反対側にもう一度缶切りを突き指し、引き抜いた缶切りをポーチに収納すると、かねて容易の台に登る。
そして、換気窓から、「開封したシュールストレミング」を投げ込んだ。
ゴトン!ベシャッ…(汁の広がる音)
『なにやぁ?…げええええ!』
『ぐぶべううああああ!』
『クセ…ゲエエエエエエ!!!』
今までの人生で一番機敏な動きで窓から離れ、近くの茂みに隠れる俺。
パニックになっている倉庫内の様子が、耳に付けっぱなしの盗聴ラジオから聞こえてくる。
中では、声にならない悲鳴と咳、吐瀉音が響き渡り、ドアにたどり着いた奴が必死にドアを開けようとする金属音と泣き声。
『ゲエエエ…(ビシャビシャ)は、早くアケ…アケ…』
『アガネ!アガネェエエ!』
ドアを乱打しても、取っ手にギリギリとおる厚さの、分厚いラワン材のカンヌキはビクともしない。
生涯最高の爽快さを味わいつつ、FMラジオの録音をしっかりと確かめる俺。
そして彼らは、反対方向にある窓に殺到した。
だが、鍵を外し、必死にサッシにつめを立てても、ガタガタ揺れるだけで窓は開かない。
当然である。
なぜなら、防犯の補助鍵…窓用エアコンなどで既設の鍵が使えない
場合用の、増設用の鍵…を、前日までにしっかりと、3つほど外から仕掛けてある。
もはや堪えきれずに、茂みを転げ回って爆笑する俺。
そして、打つ手の無くなった不良どもは、椅子や金属バットを振りかざして、思い切り窓ガラスに叩きつけた。
ビシッ!
窓ガラスに真っ白なヒビが入るも、割れ落ちない。
繰り返し叩きつけられるが、穴が開かない。
笑いの余り、呼吸困難を起こしかけてのたうち回るガスマスク姿の俺。
通常、防犯用に張られる、侵入・飛散防止用のフィルムを、前もってキチンと張って置いたのである。
ただし、自分で張ったとはいえ、意外にもこの防犯フィルムが一番高くつき、@万円が吹っ飛んだのではあったが。
錯乱の余り、窓やドアではなく、壁を破ろうというのかやたらに叩いたり、わずかな外気を求めて換気窓に顔を押しつけようとして争ったりする様子が克明に伝えられてくる。
(…死ね!呼吸困難かアレルギー起こしてタヒね!)
笑いの余り涙ぐみつつ、撤退行動に入ることとする俺。
車のクラクションの数倍の音量と言われるパワー・アラームを取り出すと、近くの柱にガムテープでくくりつけて、黒く塗った凧糸を、引き抜き式のスイッチに結びつける。
凧糸を伸ばしつつ、物資を隠していた部活棟倉庫まで来ると、手早く「戦闘服」を脱ぎ捨て…
「オゲエエエエエ!」
ガスマスクを外した瞬間、吐いた。
眼がぶん殴られたようなショックで、涙と鼻水がとまらない。
缶を開けたときの「爆心地」にいたことを忘れており、「残り香」だけでこんな威力を持っているとは想像もしなかった。
(奴ら、冗談抜きで、死ぬかも知れない)
パワーアラームのスイッチに連動した凧糸を思い切り引っ張り、校舎内に鳴り響く轟音と共に、俺の復讐は幕を閉じた。
俺は着替えた後、道具一式を隠したのち、部活棟の側でゲーゲー吐いて倒れ込み、集まってきた他の生徒と共に被害者の振りをして帰宅した。
両親は何かを察したらしいが、輝く俺の笑顔をみて、好物のオムライスを作ってくれた。
結局、装備品一式は、防弾ベストを除いて、全て川原のキャンプベースで、灯油缶の中で燃やした。
灰は近くのどぶ川に流した。
防弾ベストだけはあまりにもったいなくて燃やせず、ファブリーズを二本使った後、しばらく土中に埋めて臭い抜きをしたが、他の衣服は肥溜めの数倍はありそうな臭気で洗っても無駄と判断し、焼却処分となった。
不良どもは、吐瀉物が気管支に詰まって窒息死しかけた奴が一人、ショック症状で舌が喉に詰まって死にかけた奴が一人いたが、後はそれほど酷いことにはならなかったらしい。
学校側は、
「事件について心当たりのあることがあったらなんでも書いて欲しい」
ということで無記名の原稿用紙を配布したが、そこでカツアゲ被害者を筆頭に、多数の被害報告が出て、程なく五人とも退学処分がくだった。
当然、異臭事件の犯人は捕まらなかった。
一生にたった一度だけの、世にも馬鹿馬鹿しい「喧嘩」の記憶である。
貧弱君すげー
感動した
素晴らしい!
オムライス食いたい
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